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いとこ

父は4人兄弟の末っ子だった。父が若い頃にあとの3人は皆結核で亡くなったので、自分も結核にならないようにと、丁稚奉公の時にもマスクをして働いていたそうだ。母との出会いはあまり詳しくは聞いてないけど、父が丁稚奉公してるときに出会っていると思われる。(詳しく聞いておけばよかったな)

赤紙が来たりする頃身体検査も受けたみたいで、体の具合によって甲乙丙が決められたそうです。
「お父ちゃんは丙やから戦争に行かなくて済んだんや。その代わり瀬戸内海の造船所で働かされたり、ある時は馬の世話をさせられたりしたわ」って言ってました。父がそんなことをしているとき、母は父の父親(つまり私の祖父)の世話をしに岡山の山奥に行かされてたみたいで、そこで父の姪っ子の美智子さんと一緒に住んでいました。

美智子さんは非常に綺麗な人で、なんと生き方がめちゃめちゃ波乱万丈!!!
私にとってはいとこですが、歳が24歳も離れているので、いつも『おばちゃん』と呼んでいました。
母と一緒に岡山の山奥に住んでいたときの話。鶏の首をねじって殺したり、ウサギを殺して食べたりと、おばちゃん結構強烈な生命力の持ち主で、生きるためなら何でやったるでって感じの女の子だったそうです。母より9つ年下だったから母が21歳でおばちゃん12歳!

記憶にある限りの小さな頃から、多分3歳くらいからかな・・おばちゃんが家に来るときいつも連れて来ていた男の子が気になっていました。幼いなりに恋心が芽生えていたか?(笑)
おばちゃんは英文タイプを習っていたので、戦後進駐軍がまだ日本にいたときに、アメリカ兵と仲良くなったらしい。

そのアメリカ兵と田舎の田んぼの畦道を車で走ってるときに、誤って車が田んぼに落ちて、偶然そこにいた農夫を死なせてしまった。アメリカ兵は強制送還され、おばちゃんは泣く泣く彼と離れ離れになる。その時お腹にいたのが譲二。何度もアメリカに手紙を書いたそうですが、彼からは返事が来なかったとか。時代が時代なんで会いに行くこともできなかったのでしょうね。
おばちゃんはシングルマザーの先駆者かな。生んで育てるのも大変だったと思うし、増して外国人との間にできた子を育てるって勇気が要ったかも知れません。時代が時代ですからね。

譲二はほんとにかわいくて子供のときにモデルやテレビの子役の話も来たそうですが、おばちゃんは一切断ったそうです。見世物になると思ったのかな。

一方で譲二は「金髪の子!金髪の子!」と散々学校でいじめられたそうです。今もそういうことはよくあると思うのですが、毛色が変わってるだけで、日本人はいじめたりするんですよね。性格もいいし、悪いところはなくても『外人の子』っていうレッテル貼られていじめの対象になることがある。
おばちゃんは日本に居ては譲二がかわいそうだと思ったのか、やがて30代後半でオーストラリアに移住することを決意します。



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大阪のおばちゃんです。
面白い話を思い出したらボチボチ書いていこうと思います。
昨日のことより子供の頃の話が鮮明だったりします(笑)

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